どうも!グータラ求道ブロガー・Seikiだよ。
私は基本的に、組織とか集団とか群れとかが苦手です。
たとえば学校の休み時間とかの連れションとか、
「行きたきゃ一人で行きゃええやん!なんでトイレしたくない人間を巻き込むの?」
って感じてましてね。
あの同調圧力とかものすごいアホらしいですよね。
そんな私は、だから、
一人でも生きていけるたくましさと、一人でも楽しめる豊かさを求めるのです。
男社会の、いちいち序列や上下をつける空気が大嫌いでした
私は性別こそ男ですが、男の集団が昔から嫌いですね。
スポーツもギャンブルも大嫌いなので、いわゆる体育会系のノリとかを心の底から嫌悪しています。
何が嫌かって、男って、いちいち序列や白黒つけたがるでしょ?
しかも99パーセントは、クソくだらないことで。。。
くだらないことでいちいちムキになるお猿さんたちにウンザリ
・体育の授業での活躍
・初体験の年齢
・経験人数
・学歴
・内定の出た会社のブランド
・内定が出たスピード
・運転免許かMTかAT限定か
・腕時計のブランドや値段
・昔のワルエピソード
・スクールカーストにおける序列
・・・とまぁ、あげればキリがないほど、いろいろなことで
「俺はお前より上だ!」
とムキになってるものでしょ?
でもね、たとえば腕時計のマウンティングなんかは、
私のように腕時計に全然興味ない人間からすればクッソどうでもいいですよね。
いったい何を張り合ってんの??値段やブランドが上だから、何?
マジで意味不明。
まぁこんな感じで、私には男社会の序列争いは、
猿山のボス争いや犬の吠え合いにしか見えてませんでした。
傍観は許されず、勝つか負けるかの土俵に無理やり巻き込む
ウンザリなのは、放っておいて欲しいのに、
男社会に属している以上は、無理やり巻き込んでくるんですよね。
いちいち序列をつけたがり、白黒つけたがるお猿さんたちから見れば、
・勝負の土俵に上がらない=集団の輪に入らない
・勝負をしようとしない=集団の和を乱す
と解釈するのでしょう。
たとえば私は小中高の体育の授業や運動会は本当に死ぬほど嫌いでした。
が、授業である以上は仕方なくやっていましたけど、
たとえばサッカーとかドッジボールとかでチームが負けると
「お前のせいで負けた!」と戦犯扱いされてましたしね。
参加しても責められるのだし、じゃあ足を引っ張らないようにと見学したとしても、
「逃げた」
とか思われるんですよね。
それでスクールカースト的には「イケてない」「ダサい」扱いされると。
なに?じゃあどうしたらええん??
頑張って勝てるように努力しろってか?
もともと興味ないもんのためになんでわざわざ努力せんなんのよ。
女社会の面従腹背、察してよ文化もクソうざい
男社会のウザさをツラツラ書いてきましたが、
私は社会に出てからは女だらけの職場で働くことが多かったのですが、
女の集団もまた違ったウザさがあります。
女性批判になっちゃいますが、女性の人間関係って基本、面従腹背ですよね。
たとえばA、B、Cの三人で話していて、Aがトイレに行ったら、途端に二人でAの悪口を言い合う、
みたいな。
あと、「かわいい〜♡」なんて言っておきながら、後で冷静に聴いてみたら
「ありゃないわ(笑)」と本音を漏らしたり。
「察してよ」って?アンタのママでも彼氏でもエスパーでもないから無理っす
日本の女性たちに対して、私が一番ウンザリするのは、
「察してよ」
「わかってよ」
「気づいてよ」
という謎のエスパー要求。
日本は察しと思いやりの文化と言いますが、
私は「察する」というやつがマジでできません。だから集団行動が苦手なわけだし。
ていうか、世の中の日本人はみんなそんなに察することができるもんなんですか?
ほんの一言二言、その声の調子とか表情とかから、ものの見事に相手の心情を理解し、その上で的確な返しをするって、
え?何それエスパー??
思うんですけど、私の両親とか、いろいろな夫婦やカップルを見てて思いますけど、
長年連れ添ったパートナー同士でも当意即妙に察してあげたり、
以心伝心のコミュニケーションができてたり、
なんてことができてる人たちの方が少ない気がするんですが。。。
長年連れ添った夫婦でもなかなかできないような水準の要求を、
彼氏でもなんでもないそこらの男にまで求めてくるのがマジで意味不明です。
基準が不明な「セクハラ」。それで「察しろ」とか矛盾しすぎて無理ゲー。
昨今「◯◯ハラスメント」という言葉がありふれています。
このこと自体は素晴らしいことだと私は思います。
やっぱり、加害者がのうのうと生きていて、
被害者だけが一方的に泣き寝入りしていた今までの方が明らかに異常ですし。
ただ、たとえばセクハラなんかはそうですが、
「どこまでがOKで、どこから先がハラスメントになるのか?」
の基準がわからないので、迂闊に女性とコミュニケーションが取れません。
現状では「本人が嫌だ!と思ったらセクハラ」という極めて主観的かつ曖昧な基準なので、
・話しかけただけでセクハラ
・たまたま目があっただけでもセクハラ
・存在自体がセクハラ
ということも論理的に起こり得ます。
つまり、騒いだ者勝ち。
だから痴漢の冤罪で男性は社会生命が一瞬で終わったりするのです。
こんな現状で、ちょっと気に入らないことがあれば
「セクハラ!」
と騒いで社会生命を容易にぶち壊せる立場にあるにもかかわらず、相も変わらず
「察してよ」
「わかってよ」
「気づいてよ」
「リードしてよ」
ってのは、おかしくない?
察してほしい、リードしてほしいのなら、よっぽどのことではない限り「セクハラ」「パワハラ」と叫ぶなって話だし、
セクハラやパワハラは断固許さない!のであれば、男性側からリードしたり察してあげたりされることは諦めましょう。
そして「ここまでがOKで、ここからはNG」という明確な基準を示してください。
論理的にはこういう話になると思うんですけど、いかがですかね?
まとめ
まぁ
「お前が甘ったれてるだけ」とか
「自分のコミュ力の低さを人のせいにするな」
と批判を受けることは十二分にわかっています。
嫌いだから苦手になったのか、苦手だから嫌いになったのか?
「鶏が先か、卵が先か」みたいですが、
いずれにせよ私は男中心であれ女中心であれ、集団とか組織が嫌いかつ苦手なのでした。

