同じ本を1000回繰り返し読むことで到達するステージ「シン化」

私は瞑想を習慣にして8年くらいになるのだけど、
最近、自分の「ステージ」が上がったように思う。
それは「進化」であり、「深化」であり、「真化」であり、「神化」である。
ヱヴァンゲリヲン初号機の「疑似シン化・覚醒形態」みたいなものかもしれない。
ただし、「疑似」ではないけど。
Contents
シンの自分
なんてマーフィーの本には書いてあるけど、
それを理屈ではなく、現実に体感したんだ。
言うなれば「シンの自分」と向き合えるようになった。
「シンの自分」は、
大海のごとくに落ち着いていて、
無限に知恵やエネルギーや霊感を与えてくれ、
神に等しい「考え方」へと自分を導いてくれる。
「シンの自分」と向き合い、繋がることはもの凄く気持ちがいい。
過去のスマートノートを見直すと、
「相変わらず同じステージでグルグル悩んでいるトピック」
「成長出来ている部分」
「全然まだまだな部分」
日記を見直してみて
スマートノートの他に、
Evernoteで日記もつけているので、過去の棚卸しをして未来に備えてみた。
そうすると、
「過去」を統合出来て、より「未来」へ向けて効果的な目標設定が出来るようになる。
なので、日記をつけている人、マインドマップやスマートノートなどのノート術を実践している人は、
たまにはノートを見直してみるといい。
書きっぱなしでも効果はあるけど、定期的に見直すと新たな気づきがあるからね。
199回孫子を繰り返し読んだ
「1000回読む」と決めた孫子。
現在199回読んでいる。
明日には200回目を迎えることになる。
今年一年で200回だから、あと2年ちょいで1000回は達成出来るだろう。
なぜ孫子?
そもそも何故、孫子を1000回読もうと思ったのか?
それは、私が15歳の時に、はじめて自分のお小遣いで買った文庫本が孫子だからだ。
で、今年の春くらいに
「速読が出来る私は、1000冊どころか1万冊以上の本を読んだ。
だけど、これ以上量を重ねても意味が無い気がする。
1000回、1万回と、同じ本を繰り返して読むともの凄いことになるのでは?」
という仮説というか、自問をした。
そして本棚を見直すと「孫子」が目に飛び込んできて、
「この本こそ、1000回、1万回、一生読み続けるに相応しい」
と確信し、毎日読み続けて、今に至っている。
まさに運命。
一度はブックオフへ売って手元から離したこともあるのに。。。
離れようとしても、必要とするときには手元にある。
『ベルセルク』のベヘリットみたいなものだ。
読書から瞑想へ
直観に従い、運命に従い、孫子を1000回読むことを決めた私。
80回目には文章の一字一句を暗記するくらいになったが、
そこでもやめずに繰り返し淡々と読み続けると、
もはやこの活動は「読書」ではなく「瞑想」になるのだ。
そう、私は孫子を1000回読むプロセスで、
孫子で述べられている至高の知恵をインストールしつつ、
己を「シン化」させているのだ。
1000回読む頃には自分がどうなっているのか?
今から楽しみで仕方がない。