30歳からの趣味。キーワードは「能動」「創造」「表現」だ!

普段は孤高を貫くロンリーパンサーな私ですが、
30歳になった時には言いようのない虚しさというか、疎外感みたいなものを覚えました。
これって一体なんなんだろうなぁ?と考察してみたよ。
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日本で歳を取る=ネガティブなイメージがある理由
日本ではなんか、特に30歳超えたらもう「おっさん」「おばさん」になって、キラキラを失うようなイメージってないですか?
これって私が思うに、日本社会で用意されている「楽しそうなもの」が大体が子供向け・若い人向け・ファミリー向けだからなんです。
クリスマスデートやバレンタイン、夏祭りで浴衣デートや、クラブ遊び、ライブではしゃぐこと、ワールドカップで盛り上がること・・・。
これらをいわゆる「おっさん」「おばさん」がやってたら
「イタい人」
って感じになるんではないでしょうか?
つまり、もうそういった遊びやサービスの対象ではないのに、しがみつこうとしているからそう思われると。
虚しい人生なのはあんたが受け身で生きてるからだよ
でもよーく考えて!
上で挙げたような「楽しげなもの」って全部、
世間のオトナ(つまりはどこぞの「おっさん」や「おばさん」)によって用意され、仕掛けられたパッケージに過ぎない。
どんなに楽しくてもその楽しさには上限があるんですよ。
そりゃそうですよね。自分のためだけに作ってくれたわけではないのだし。
30歳からの趣味のキーワードは「能動」「創造」「表現」
私の中で「毎日楽しく生きてるなぁ」「趣味人だなぁ」と感心してしまうのは
(多くの人が共感してくれるでしょうが)所ジョージさんなのです。
世田谷ベースと呼ばれる、仕事場兼遊び場には様々なグッズがコレクションされていたり、
車やバイクを好きにいじれるガレージがあったりと、まさに「男の理想」みたいな感じですが、
ここでのポイントは「多趣味」「好奇心旺盛」とかそういうことではなく、
「なんでも面白がれる姿勢や、文化資本の豊かさ」
なのではないかと思う。
所さんは面白がる天才
世の中を見渡せば、楽しげなもの(だいたいが若い人向け)がたくさんあるし、
ネットには面白いコンテンツが無料(同然)で溢れています。
だ・け・ど!これらをただ受動的に、
口を開けて待ってるだけだったら、いつか飽きて虚しくなるのです。
それはつまり、「誰か」によって用意されたパッケージなので「自分」の余地がないからですね。
所さんのような、なんでも面白がれる人って、独特の感性や豊かな文化資本によって、
「自分」の余地をうまく挟みこめるんだと思う。
コレクション一つとっても、単に高級車を買い集めるのではなく、「アメ車」に絞って集めるとか、
そういう「自分」のこだわりを挟み込むって感じかな。
私がブログを書くのは「創造」「表現」だから
私は無料ブログ時代を含めたら、5年以上ブログをやっていることになる。
話すより書く方が得意、というか抵抗がないから、
「あの時ああ言っておけば・・・」
がない「書く」という作業を愛しています。
マイペースな性格にも合ってますしね。
そして、ブログを書くというのは、誰に強制されたわけでもない創造や表現なので、
自分の能力や基準に応じて、感じる楽しさや得られる喜びは青天井になっていくもの。
こういった楽しさは、無理に若作りして、
「(自分と同じおっさんおばさんが用意した)若者向けのパッケージ」
にしがみついて金を落としてるだけでは得られないんです。
絵を描く人や、プログラムを作るのが楽しい人、何かの作品をクリエイトする人なんかは、(受動的な)趣味ではなく(能動的な)道楽として、無限に拡がる楽しさを味わっているんだと思う。
だからどんなにアクセスが集まらなくても、
全然お金にならなくても、
ネガティブなコメントが寄せられても、
私は書くことをやめない。
その私の表現が、誰かの光になっているのならば、尚更だ。