お金に関係なく人生を豊かに生きる・文化資本のレベルと高め方

Sei書著者・Seikiです。
文化資本という言葉があります。
知識や経験、教養や教育、作法、礼儀などの「目に見えない資本」を総称してそう呼ぶのですが、
お金と関係なく豊かに人生を生きる人はこの文化資本の蓄積が独特で豊富な方が多い印象があります。
有名どころでは所ジョージさんとかね。
独特な世界観や信念みたいなものがあるでしょ?
そんな感じで今日は、文化資本を高め、何に依存することもなく
豊かに楽しく生きていくためのヒントをまとめてみるね。
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大半の人間は大半のトピックで消費者にしか「なれない」
テレビを見るだけ、ブログを読むだけ、漫画や本を読むだけ、アニメや映画を観るだけ、スポーツを観戦するだけ、商品やサービスを受けるだけ・・・
と、何かの消費者にしかなれないんです。私たちは。
それで満足したり、そうかといえば批評したり文句を言ったりするって感じ。
いずれにせよ、受け身ってことね。
なぜかというと、発信したり創造したり提供したりといった上位の楽しみ方には
相応の知識やスキル、文化資本が要求されるからです。
ワインを飲んで「うまい」「まずい」というだけなら誰にでもできるけど、
ワインを作るにはそれなりの知識と技術、設備が要るのです。
どこかの誰かが設定したゲームの枠の中をグルグル受け身で遊ぶのみ
ゲームでいうと、誰かがストーリーなり設定なり難易度なりを決めたゲームの枠の中で、グルグルと受け身で遊ぶようなものです。
例えば(初期の)バイオハザードでも、
・最短時間でクリア
・武器はナイフのみでクリア
・インクリボン(セーブするためのアイテム)は不使用
という感じで、ゲーム内でよりレベルの高い遊び方はできますが、
それでもあくまで「バイオハザードという枠の中」での話です。
枠を超えた遊び方はできないんですよね。
ゾンビやタイラントをモンスターボールで捕獲して育成するなんてことはできないんですよ。
やりたくてもね。
私がブログを書く理由は「消費者から発信者へ」という意識があるから
私がこうやってブログを書く理由の一つは、記事にして発信することで少なくとも発信者にはなれるからです。
消費者は受け身で一人で決められた枠の中で満足しているだけですが、
発信者はその満足や魅力を不特定多数に伝えることができるんです。
自分が勉強したことや気づいたこと、考えたこと、体験したことをこうして記事にまとめるのは、
決められた枠の中でグルグルしているのとは異質の満足や楽しさがあります。
文化資本のレベル
文化資本には当然、レベルとか段階があります。
レベル0:消費者
最低レベルはさっきから言ってるように、
一人で、受け身で、決められた枠やパッケージの中でグルグル楽しんでいるだけという段階です。
バイオハザードやFFなどのゲームをプレイするだけ、お店でご飯を食べるだけ、本やブログを読むだけ、
で満足したり批評したりケチをつけたりする「だけ」で終わるんですね。
レベル1:使える
文化資本ということに関して、私が強く印象に残っている「クジョー」という映画のセリフがあります。
「彼らは車を“買った”だけで“持って”はいない。自分なりに分解したり組み立てたりしてはじめてその車は、自分のものになるのだ」
というニュアンスの台詞です。
▲岡田斗司夫さんが解説。
本なんかはその典型ですね。
ただ買っただけで読まなければ、文字通りに「買った」だけで「読んだ」わけではない。
いい包丁や性能のいいフライパンなどの調理器具を買ったところで
実際に料理をしなければ「買った」だけで「持って」などいない。
そのモノを真の意味で所有するには、実際に使うというプロセスを経ないといけないんです。
武道などでいう「守・破・離」でいうと「守」の段階です。
レベル2:なおせる
私はサイクリングが趣味ですが、
自分なりにパーツを買って組み替えたり、メンテナンスしたりすることで、
最初に買った自転車のパッケージとは違うパッケージになっているものです。
・もとはアルミ製のホイールがカーボン製になる
・コンポーネントは105ではなくデュラエース
って感じでね。
料理でも、決められたレシピをただ再現するのではなく、
自分なりに具材や調味料の量などをアレンジするようになっていくって感じ。
守・破・離でいうと「破」の段階です。
レベル3:作れる
守・破・離でいうと「離」の最終段階です。
つまり、完全なるオリジナルや自分流を確立したステージ。
具体的にいうと、全くのゼロベースでモノを作れるのが文化資本の究極段階です。
料理ならオリジナルレシピを作り出す。
プログラムを自分で組んでリリースする。
起業して会社を作る。
ゲームを自分で作る。
商品をゼロから設計し、開発・製造する。
って感じ。
そう考えると、本来仕事っていうものは全て楽しいものであるはずなんですよね。
ゼロからゲームを作って、それで大勢の人をワクワクさせるんですからね。
起業家の人がガンガン働くのもつまりはそういう楽しさがあるからです。
青天井の楽しさや満足を味わい、分かち合うからこそ最強に楽しいのが究極の文化資本ですね。
文化資本の高め方
では、大半の人間は消費者で終わる中で、文化資本を
使える→なおせる→作れる
と高めていくにはどうすればいいか?のヒントをまとめるね。
価値が逓減しないものに金や時間を使う
マイホームのローンだったり、服だったり、ブランド物、家電、あらゆる「モノ」は買った瞬間に値段が下がります。
もちろんプレミアがついたりして値段が上がることはありますが、
文化資本という点で言えばなんの蓄積もないことにはかわりがないわけでね。
つまりは本を読んだり、旅行に行って自分の目で何かを見たり、知識や経験を金で買うようにしましょうよってことね。
知識や経験は価値が逓減しません。
永遠に残り続けるし、蓄積するほど価値が高まります。
そんなものって基本ないでしょ?フィギュアであれガンプラであれ、
どんなコレクションも当人以外にとってはガラクタですからね。
文化資本が高い人と付き合う
一番手っ取り早く文化資本を高めるには、文化資本が高い人、憧れる人となるべく多くの時間を過ごすことですね。
単なるパッケージ旅行ではなく、世界放浪の達人のようになりたいのなら、そういう人と一緒に過ごすんです。
その人から何を学ぶか?何を得るか?
なんてことは二の次であって、そういう人の半径数メートル以内にいることで自分の中の「何か」がいつの間にか大きく変わっているんですね。
以前は「難しい」「無理だ」と思っていたことが「できて当然」という気持ちになったりとかね。
本人に直接会えないのなら、その人が書いた本とかブログとかに触れる時間をできるだけたくさん持つようにするとか、色々工夫はできるでしょ。
とにかく、自分をより高いステージへ導く者に直接的であれ間接的であれ、できるだけ長い時間触れることです。
オススメに素直に従う
特に憧れの人がお勧めする本とかは一も二もなく素直に読む。
お勧めされた店には足を運ぶ。
やってみれば?と言われたことには挑戦してみる。
そうすることで今までの自分がストレッチされて「安心領域」が拡がるわけですね。
安心領域の広さがその人の(快適な)現実な訳だから、ストレッチし続ければ文化資本も高まってるのです。
いきなり一流に触れる
美術鑑定ではお弟子さんの「本物と偽物を見極める眼」を養うために、
とにかく本物(一流のもの)ばかりを見せるそうです。
本物と偽物の違いをレクチャーしたりするのではなく、
そういう非科学的で遠回りなことをすることで、いざ偽物を見たときに違和感を覚えるんですね。
つまり「見極める眼」が養われたってことです。
だったら我々もそれに倣わない手はないわけです。
「初心者だから」
「まだまだ私なんて」
なんて言ってないで、むしろそんな段階だからこそ本物や一流に意識的にたくさん触れるんです。
車に興味がわいたのなら、ベンツやフェラーリに試乗しに行く(試乗するだけならタダだよ)とか、
一ヶ月に一回でもいいから、一食3万円クラスのご飯を食べに行くとか、
1万円以上の高額本を買って読むとか、
そういう「恐れ多い」ことをすることで、足踏みしてとどまっている大半の人間をごぼう抜きできるのですよ。
まとめ:文化資本の豊かさ=人間としての魅力と気高さ
文化資本が低い人ってどんな人?と考えたら
・しょうもない悪口や愚痴、噂話やゴシップネタしか話題がない
・誰かの一緒じゃないと安心できない
・群れなきゃ行動できない、楽しめない(夏に河原でBBQしてるDQNとかね)
・何かいいこと、面白いことを口を開けて待ってるだけ
・不平不満や文句ばかり言ってる
・自分なりの信念や思想、体験などの「軸」がない
と言ったところでしょう。
もちろん、学生時代ならこんなんでもスポーツができればとりあえずチヤホヤされますし、
社会人でも仕事がバッチリこなせるのなら一人前とみなされます。
が、「それだけ」なんですよね。それをとってしまったら何も残らない、薄っぺらな人間。
何より、幸せや達成感を他で得られない人間だということですし。
学校や会社などの「本業」以外でも、
知識や経験を豊かに蓄積していくことはとても楽しいということを是非知っておいて欲しいですね。
誰かや何かに依存しない、気高い楽しさは、人から見ても大きな魅力ですからね。