「強者」の定義・条件と性弱説

どうも。グータラ求道ブロガー・Seikiだよ。
私のライフワークは「どうすれば強くなれるのか?」の探求であり求道であり伝道なので、必然と
「強者とは?」
「強い人間と弱い人間の違いは?」
ということを考えてきました。
そんな私が現時点で考える「強者」の定義・条件をまとめてみます。
Contents
強者=「すべき時に、すべきことをする人」
私の中で「強い人間」のイメージは明確です。
「すべき時に、すべきことをする人」
これが強い人の定義であり、条件です。
この二つをきちんと実践する。それをやり続ければ、
今がどんな段階でどのような状況であれ、その人は「強者」となるのは時間の問題なんです。
人間の本質は性善説でも性悪説でもなく「性弱説」
だけど、「すべきこと」を「すべき時」になかなかできないもんでしょ?
例えば痩せたい人は
「食事を制限する」「運動する」
ということをすべき、それはわかっているけど、中々できないもんでしょ?
それはつまり、面倒だったり、怖かったり、「疲れたから明日やろう」と先延ばしてズルズル先延ばしたり、といろいろな理由(言い訳)があるでしょう。
なんで「すべきこと」ができないのか?
「やりたいこと」「できること」はできるけど、「すべきこと」がなかなかできないのは、
人間は本質的に弱いからです。
人間の本質は「善」であるとする見方を「性善説」といい、
人間の本質は「悪」であるとする見方を「性悪説」といいますが、
私はそのどちらでもない「性弱説」という立場をとっています。
「結果」の原因は「行動」
何をすべきか知らないのなら、勉強すればいいし、知っている人を探して聞けばいい。
能力が足りないのなら、磨けばいい。
資源が足りないのなら、調達してくればいい。
でも、「できない」のは、人間は本質的に弱いからです。
学校でいじめが起きている時に、「やめろ!」と毅然と言えないのは、空気や同調圧力に逆らえないからですし、
仕事が終わったのに定時に帰れないのはみんなが残業してるから帰りづらいと思うからですね。
「すべきこと」は明確でも、なかなかできないのは
恥ずかしかったり、怖かったり、面倒臭かったり、罪悪感があったり、そういう心の中の弱さがあるから。
「弱いのが人間だ」と開き直るか?「それでも強くなりたい」と願うか?
で、そんな人間の本質を前にして
「しょーがねーじゃん、人間だもの。(みつを)」と開き直るか
「それでも俺は・私は、強くなりたい!」と挑むかで
その後の運命は変わってきます。
「すべきこと」をいきなり100パーセントでできなくても、
できる範囲でいいから「すべき時」にやることからスタートすれば、
「できること」が成長していくので「すべきこと」もやがて100パーセントできるようになっていく。
そのための第一歩は小さくても、偉大な一歩なのです。
今日はちょっと抽象的な話でしたが、
「すべき時」に「すべきこと」の種を植えて、育て続ければ、強者となるのは時間の問題だという
それだけのことを言いたかっただけです。