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「弱い犬ほど良く吠える」は正しいと思うことわざ第一位!だといじめられた経験からマジで思う

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グータラ求道ブロガー。「強くなること=人生のメタゲームの向上」の探求と伝道がライフワーク。
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どうも!筋トレでバルクアップ真っ最中のグータラ求道ブロガー・Seikiです。

 

基本的に好き嫌いが激しく、興味の対象がとても狭い私ですが、数少ない興味の一つに、「古今東西の格言を収集する」というものがあります。

でね、ことわざってあるじゃないですか。

「石の上にも三年」とか「豚に真珠」とか。

 

こういうことわざの中でも、

その通りだよなぁ〜!って実感するものもあれば、

「えぇ、そんなことないだろ??」と疑問に思うものも多いですよね。

 

例えば上に述べた「石の上にも三年」とかも、ブラックな環境に3年も我慢していたら人間って腐ってしまうから、「三年とか悠長なこと言ってないで、早く出ろ!」と思うし。

 

まぁそれはともかくとして、私が今まで生きてきて、

このことわざこそ、正しいを通り越して、この世の真理だとマジで思う!!

と確信している言葉があります。

 

弱い犬ほど良く吠える。これはマジ!

「弱い犬ほど良く吠える」は

「空の樽ほど良く鳴る」

「負け犬の遠吠え」

「あまり強い言葉を使うなよ、弱く見えるぞ(by「BLEACH」)」

など、別の似たような表現が洋の東西や古今、現実フィクションを問わず数多存在します。

それだけ多くあるということは、つまりそれだけ多くの人が、

「弱い犬ほど吠えるって、マジ!ほんとマジだから!!」

と実感してるからこそでしょう。

 

イジメる人間は確実に弱い人間

いじめ問題について語る際、「弱肉強食」という言葉を持ち出す人がいますが、トンチンカンにもほどがあります。

私は高校の頃、イジメられた経験があるのですが、当時はうまく言語化できなかったけど、今振り返って確信を持って言えるのだけど、

人をいじめる人間っていうのは原則的に弱い人間なのです。

つまりイジメの本質は「弱肉弱食」。弱い人間が弱い人間を攻撃したり足を引っ張ったりする行為に他なりません。

 

自分の内にある弱さへの3つの向き合い方

生きていれば人間って誰でも、弱い部分とか、劣等感とか、「闇」とかを何かしら抱えてたりするもんじゃないですか。

それでね。自分の中にあるそういった部分に対して

① 内側に溜め込んで鬱になるタイプ

② 外側に発散して攻撃するタイプ

③ きちんと向き合い、折り合いをつけていくタイプ

の3パターンあると思うんです。

 

いわゆる強い人ってのは③で、

自分の中の弱さとか劣等感とかと向き合い、克服したり折り合いをつけたりして上手く付き合っていける人間だと私は考えます。

 

イジメの本質=弱肉弱食

で、話を戻しますと、イジメってのは、

②のタイプが同じ人間同士で群れて、①のタイプを攻撃する現象を指します。

 

イジメっ子って大体みんな、群れてたでしょ?

群れなきゃ粋がれない雑魚ってことですよ、つまりは。

 

「狂気とは、個人においては稀であるが、集団においては通例である」

イジメっ子って、誰も見てない1対1の所で話すと、結構普通だったりします。

だけど群れた瞬間、態度や言動が急変するんですよね。

 

スクールカーストにおける上位層に取り入ろうとするため、ウケを狙うため、

弱そうな人や反撃してこなさそうなおとなしい人、孤立している人をターゲットにして

「俺はこいつよりはマシ!」

とアピールしてる感じですかね。

 

「キョロ充=群れなきゃ粋がれないカス」と知りましょう

今時で言えばキョロ充というのでしょうか。

とにかくこういった人種は、死ぬほどみっともないですな。

 

要は「リア充の腰巾着」であり、

「強い奴には弱く、弱い奴には強い」ってことであり、

群れなきゃ粋がれないカス、って訳なので、

まぁなんていうか、一人でも生きていける強さと、一人でも楽しめる豊かさを持ってないから群れるんだろうなぁ。

 

匿名でネットで叩く人間の雑魚っぷりは異常

有名ブログのコメントだったり、某掲示板だったり、各種まとめサイトやネットサービスなどの匿名コメントを見ていても、

匿名でバレないと思っているからか、好き放題書く人、いますよね。

 

あれもキョロ充的な弱さですよね。

自分の中にある弱さとかずるさを、遠慮なく攻撃できる対象を見つけて発散してるわけですからね。

キョロ充が群れなきゃ粋がれないのに対して、

ネットで叩く人たちは匿名じゃないと粋がれない。

 

どちらにせよ、美しくはないのです。

 

強者のそれは「孤高」、弱者のそれは「孤独」

私は、強い心とはすなわち「静かな心」だと思っているのですが、

辛くても、一人ぼっちでも、弱さや寂しさによって心がざわめくのではなく、

穏やかな湖畔の水面のように静かな心を保っている人。

 

こういう人こそ、強い心の持ち主であり、孤高であると考えます。

虎や鷹が厳しい大自然の中で群れることのないようにね。

 

一方で、本当は好きでもないのに、

一人ぼっちは辛いから・ダサいから、無理して自分を曲げて群れている人こそ、

実は孤独で弱い心の持ち主じゃないかな。

 

自分は孤高で強い虎か?弱くて群れる犬か?

ひとえにそれは、心の静けさにあるでしょう。

 

>>次のページは

「人を軽く扱う人とは死んでも付き合うな!」

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