そもそも何のために鍛えるのか?を忘れると不幸になりますよ

自重トレのマスターである私は、
4日に一回くらいのペースで自重の筋肉トレーニングをしています。
●上半身
・アーチャープルアップ
・逆手ナロー懸垂
・ブルガリアンアンイーブンディップス
・ドラゴンフラッグ
●下半身
・ピストルスクワット
・レビテーションスクワット
・片脚バーピー
・体幹トレーニング
というメニューをこなしています。
上半身が4日に一回、下半身が2〜3日に一回、というペースですね。
Contents
自重トレーニングは極めた。そう自惚れていた時期がありました。
自分で言うなって感じだけど、アーチャープルアップにしてもドラゴンフラッグにしても、
ハイレベルな自重トレーニングなので
「私ってなかなかのもんじゃない?」
なんて思ってました。
だけど、世の中には
●体を浮かせた状態で、地面と平行して行う超人のための腕立て伏せ「プランシェ」
●ディップスと懸垂の複合種目「マッスルアップ」
●人間鯉のぼり「ヒューマンフラッグ」
といった、ものすごいトレーニングがあるわけで。
こういう種目の存在を知ると「私もまだまだだなぁ」とつくづく思います。
強くなりたいのであって、パフォーマンスには興味がない
でも、じゃあ、私がこういう種目ができるようになりたいか?といえば
「いや、別に。。。」
というのが現在のスタンス。
何でかっていうと、私から見て、
プランシェにせよ、マッスルアップにせよ、ヒューマンフラッグにせよ、
「強くなるためのトレーニング」というよりも
「人に見せつけるパフォーマンス」という印象が強いんだ。
そもそも私は何のために筋トレしているかといえば
「健康のための習慣」
「強くなるため」
だ。
マッチョを目指しているわけでもなければ、筋肉芸人を目指しているわけでもありません。
人に見せびらかすためにトレーニングしているわけではないので、上述のパフォーマンス種目には食指が動きませんね。
「そもそも?」は初心を思い出せる魔法の言葉
筋トレに限らず、私が人生を通じて気をつけていることに
「他人の笛で踊らない」
ということがあります。
例えば私が懸垂で筋トレしている時に、上の動画のようにマッスルアップをガンガンやっている人を見て
「自分だって!」と煽られるのが「他人の笛で踊らされてる」状態。
別の例でいえば、会社経営をしていたとして、
社長の中には
「俺はこれだけ銀行から借入している、つまりそれだけ信用があるってことだ!」
「私は◯百人の従業員を雇用している。つまりそれだけリーダーとして器があるということであり、世の中に貢献しているということだ!」
ということを自慢してる人がいます。
そうすると、それに影響を受けて
「よし、自分も!」
とフラフラ浮気してしまうのが「他人の笛で踊らされてる」ということ。
でも、自分にとって大事な目標を、他人がどうこう言おうと、マスコミが何と煽ろうと、
着実に近づいて達成していくことの方が、私は大事だと思う。
人生は、競争ではなく、マラソン
と捉えています。
もっと言うなら、
人生は、作品であり、物語
なので、他人と比べてどうこうしても仕方ないと思う。
だけど世の中には「笛で踊らせる」ような洗脳装置で溢れているので、
いつの間にか、気がつかないうちに他人の笛で踊ってることもありがち。
なので時折、
「そもそも、何のためにやってるんだっけ?」
と自分に問いかけるのはとっても大事です。
そうすると、魔法のように初心を思い返せますからね。
筋トレで言えば、
「昨日より今日、ちょっとでもいいから強くなる。そのプロセスが嬉しい」
というのが私のスタンスであり初心。
人から見てどうか、世間的にどれだけの水準かなんてどうでもいい。
己が道を邁進し続けます。
Comment
十年以上続けてるけどそこまでのこと考えたことなかった…
考え始めるのに「遅すぎる」なんてことはないですよ。最善の時期はいつだって「今」なのですから(^^)