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【解説】十牛図(十牛訓)とは直感的に自分の成長段階がわかるツールなので、紹介するよ。

Seiki
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十牛図・第八の人牛倶忘
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グータラ求道ブロガー。「強くなること=人生のメタゲームの向上」の探求と伝道がライフワーク。
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禅には十牛図という教えがあります。

これは何かと言えば、

現在の修行の段階はどこか?

図のイメージ力により直感的にわかるというもので、

嘘偽りなく自分を見つめれば自分の修行に役に立つ効果的な教材(?)なのです。

 

で、別にこれは禅などの精神的・人格的修行に限った話ではなく、

読書やスキルアップにおいても十牛図は役に立つ教えなので、私なりに解説していきますね。

 

[aside type=“yellow”]

※最初にことわっておきますが、あくまで私の解釈です。

というか十牛図はそもそも、個人がそれぞれ図を見て勝手に解釈すれば良いものなので、

「あれが正しい」とか「お前は間違っている」という批判がそもそもズレておるのです。

[/aside]

 

十牛図のおおまかな段階(ステージ)

知っている人も多いでしょうが、十牛図は元々は「八牛図」でした。

後年、新たに第九・第十の図が加えられて現在の姿になったのですが、

これはなぜかというに、1〜8までの図は自己修養のステージを表した図で、8番目の図が自己修養のゴールを表しているんですね。

 

で、そのゴールの向こう側である9・10の図は
「利他」つまりは世のため人のために自分を活かす段階を示しているのです。

 

1〜8の自己修養は更に「理解」「体得」「悟り」の3段階に分かれる

1〜8が自己修養の段階で、9・10が利他の段階に分かれると書きましたが、

1〜8は更に「理解」「体得」「悟り」の3段階に分かれます。

 

  1. 1〜3が「理解」のステージ
  2. 4〜6が「体得」のステージ
  3. 7と8が「悟り」のステージ

 

という風に、ステージが3つあり、

それぞれのステージのゴールが

「理解」「体得」「悟り」なのです。

 

十牛図とは

では早速、十牛図の解説に参りましょう。

  • 1〜3の「理解」のステージ
  • 4〜6の「体得」のステージ
  • 7と8の「悟り」のステージ
  • 9・10の「利他」のステージ

という私なりの解釈で解説していきます。

 

第一の図「尋牛」:強くなろう、勉強しようとあれこれ探っている段階

たとえば私の今年の勉強テーマは「戦略」なのですが、

最初にやったのはとにかく「戦略」と名がつく本をかたっぱしから読むことでした。

 

図書館、本屋での立ち読み、Amazon、ブックオフなど、

あらゆるチャネルを駆使してあれこれ読みまくったのです。

 

こんな風に、

何かを学ぼう!マスターしたい!こうなりたい!

と決めたあとで、あれこれ試行錯誤する段階が第一の「尋牛」なのです。

 

第二の図「見跡」:これだ!という本や教材、ツール、先生、師匠に出会う段階

「戦略」の勉強の話の続きになりますが、

色々な本を読む中で「いい本だなぁ」という本と「イマイチ」な本で別れてきます。

 

で、「いい本」の中でも「これだ!!」という珠玉の本と出会えた時、

あれこれ試行錯誤していた段階から

「道」「跡」を見つけて歩み出す段階に至ったことになるのです。

 

その本を徹底的に実践し、

マスターするという「次の段階」に至ったということですからね。

 

ちなみに「これだ!」と思った本はコチラ▼

物語を追いつつ、Q&Aも交えてくるので、

戦略の分析や立案が

「実際にできる」ようになる素晴らしい本です。

 

第三の図「見牛」:その対象の「理」に至る段階

仕事であれ、スポーツであれ、科学であれ、芸術であれ、なんであれ、

あらゆるものには「理(ことわり)」があります。

 

「理」に至っていない段階では、

本を読んだり人からアドバイスを受けたりしないといけないのですが、

 

「理」に至った人間は、本や人に頼らなくても、

「理」から無限にヒントや感覚、勘所、インスピレーションを引き出せるようになるのです。

 

「理」に至るには、とにかくその対象に向き合うことですね。

つまりそれをさせるもの、

愛と情熱が理に至る王道なのです。

 

第四の図「得牛」:「理」を体現しようと試行錯誤している段階

3番目までは「理解」のステージでした。そして4〜6番目は「体得」の段階です。

 

わざわざ言うまでもなく「知る」ことと「やる」ことは別ですし、

「わかる」と「できる」も別です。

 

 

つまり「理」に至るだけでは「まだ半分」でしかなく、

「理」を体現・表現できる自分にならないといけない。

 

それがないと

「わかってるのに、できない」

「こうすればいいとわかってるのだけど、体がついてこない」

という人になります。

 

「できる」ようになるには、「やる」ことを何度も繰り返す必要がありますね。

それはつまり失敗を許容し、失敗にへこたれず、失敗から学び続けることを意味します。

 

得牛の段階では、見つけた「牛(理)」を掴んでモノにしようとしているのだけど、

なかなかうまくいかずに振り回されてる段階ですね。

 

第五の図「牧牛」:「理」の体現がコンスタントに成功しだす段階

「理」の体現がだんだん成功するようになってきた、

勘やコツが掴めてきた、手応えを感じるようになった段階です。

 

ブログで言えば、

「どうすればアクセスが集まるか?」

「どんな構成にすればコンバージョンが高まるか?」

というのが知識や理屈ではなく感覚でわかり始めてきた段階ですね。

 

この段階の人にアドバイスをするなら、

「油断すると後戻り」

「調子にのると、死ぬ」

ですね。

 

いくら上手くいくようになっても、

まだまだ「牛」を乗りこなしたわけではないので、

油断したり調子に乗ったりしていると、

思わぬ怪我をしてしまうのです。

 

第六の図「騎牛帰家」:「理」の体現が当たり前のように成功し、もはや習慣となっている段階


世間一般における「成功」や「ゴール」「頂点」とされる段階が
この第六の段階です。

 

イチローが常に野球で活躍し続けるように、

うまくいくのが当たり前って感じですね。

普通の人にとって不可能なことや難しいことが、

歩行や呼吸レベルで当たり前になった状態です。

 

つまり、一度は上手くいっても、その後コンスタントに上手くいかない人は、

第五の「牧牛」や第四の「得牛」の段階でしかなかったということですね。

 

本物の成功者と、たまたま成功したラッキーマンとの違いを

明確に分けるリトマス試験紙が

「時間」「再現性」ということです。

 

では、世間一般における「成功」「ゴール」に慢心することなく、

さらなる研鑽を続けるとどうなるのか?

「体得」の向こう側にある「悟り」の段階、自己修養の究極の段階をみてみましょう。

 

第七の図「忘牛存人」:主客の区別がなくなる物我一如の段階

第六の段階で満足し、驕り、歩みを止めてしまうことなく淡々と修行を続けることで

「悟り」を開くようになります。

悟りには「浅い悟り」と「深い悟り」があると私は考えていて、

浅い悟りとは

・直感
・直観
・シンクロニシティ

などなど、割と日常的というか、

誰もが一度は体験したことのある不思議な体験を指します。

自分が電話しようと思ったら、向こうから電話をかけてきたりとか、

 

なんとなくある人のことを考えていたら、

絶対出会うはずのない人と出会うはずのない場所で再開したり。

 

「たまたまだろう」

「偶然でしょ」

と片付けたくなるようなことでも、あまりにも連続して体験すると

「自分の在り様で運命が変わる」

という気づきに至ります。

つまり、今までは「自分」と「他人」を分けて捉えていたのが、

「全ては自分の在り方次第」

という感じで主客の別がなくなるステージで人生を生き始めるのです。

 

第八の図「人牛倶忘」:自分と世界の区別がなくなる梵我一如の段階

私は誰か?

「八牛図」だった頃のゴール、つまり自己修養の終着点です。

「浅い悟り」「深い悟り」でいうところの「深い悟り」 を指すと私は考えています。

深い悟りとは

・三昧境
・無念無想
・神の啓示
・フロー状態
・スポーツ選手のゾーン体験
・臨死体験における「光」の感覚

といった、非日常的な、

人によっては一生体験しないようなものです。

これらの共通点は

「圧倒的な感動」と「それによる自己変容」です。

 

小我にこだわっていた今までの自分の在り方から、

大我・真我(神我)に覚醒する。

するとどうなるか?

は、体験してこそわかるもの。

焦らず淡々と自己研鑽を継続し続けましょう。

 

第九の図「返本還源」:どんなに汚れた人間たちやどんなにひどい環境の中でも引きずられずに自分らしくいられる段階

私は人間の大部分(96%くらい?)を形成するのは

 

「遺伝」

「環境」

「付き合う人間との関係」

「習慣(時間の使い方)」

 

だと考えているのですが、

「環境」や「付き合う人間」といった外的な要因の影響力はとっても強いですよね。

 

「類は友を呼ぶ」

「朱に交われば赤く染まる」

というように

成功者と付き合っていれば自分もだんだんセルフイメージが上がって成功していくように、

一方でクズみたいな環境で腐った連中に囲まれていたら自分もだんだん腐っていくのです。

 

ですが、自己修養が8番目まで成っていれば、

どーんな腐った人間や環境の中にあっても、

太陽が常に光り輝くように、自分らしさを汚されずに済むし、

それどころか腐った人間たちの心をも明るく照らしていけるようになるのです。

 

つまり、自己修養の目的にして終着点は、

誰かに光を照らされてようやく輝ける存在から、

自ら光を放つ存在となること、と私は捉えます。

 

第十の図「入鄽垂手」:ありのまま・そのままで世のため人のためとなる段階

わざわざ特別な努力をしなくても、

自分らしくあるだけで、自分らしく振舞っているだけで、世のため人のためになっている段階です。

 

マザーテレサがマザーテレサであるだけで、世の光であったようにね。

 

そこに「無理」や「犠牲」などありません。

コップからとめどなく溢れた水が大地を潤し、旅人の喉を潤すように、

自然に世のため人のためとなっている人の段階を指します。

 

まとめ:「牛=理」として捉えることで、自己の成長を客観的に捉えられる

牛=理(ことわり)と見ることで、精神修行や人格修養のみならず、

・料理
・恋愛
・営業
・楽器

などなど、様々な分野で「自分は現在、どの位置にいるのか?」が直感的にわかります。

 

3番目までは、理に至るステージで、

6番目までは、理を体得するステージ。

7と8では、理と一体となり悟る段階ですね。

そして9と10では利他の段階に至るという成長段階です。

 

驕らず等身大に自分を見つめるいいツールなので、私なりに紹介しました。

ではでは。

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