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本は呼び水!内なる力を目覚めさせるための具体的なコツ

Seiki
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100万部の中のチャンピオン
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Seiki
グータラ求道ブロガー。「強くなること=人生のメタゲームの向上」の探求と伝道がライフワーク。
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どうも!孫子(岩波文庫)を1075回繰り返し読んだ、グータラ求道ブロガー・Seikiですよ。

私は最近つくづく思うのだけど、
本って結局、呼び水に過ぎないのです。
つまり、知識とか、ヒントとか、答えとか、
そういったものを「自分の外」に求めて本を手に取るもんじゃないですか。普通は。

 

だけど、シンの答えは全て「自分の中」にあるもので、

つまり「自分の中」の無限のリソースを汲み出すための呼び水として有効なのが本であると、

同じ本を1000回以上繰り返して気づいたのです。

 

本の知識や情報は、どんなに完成度や密度が高くても「死んだ情報」

本の素晴らしさというものは、本を読む人にすれば今更説明するまでもないことです。

 

失敗や挫折、挑戦、そういった経験を経て、

著者が人生の大半をかけて得た気づきを、

著者と編集者が二人三脚でウンウン頭をひねりながら書籍の形にまとめたのが本です。

 

その貴重な情報を仕入れるのにかかった苦労や期間、

そして文章を書いてまとめる心身の苦労を考えれば、

たかだか1000〜2000円を惜しむのは野暮というもの。

 

日本刀が砂鉄を焼き、叩き、折り曲げ、研ぎ澄ますことで無類の刃となるように、

何もしなければ誰にも伝えられることのない個人の気づきや体験を
書き、まとめ、練り上げることで

無類の署へと昇華されて世に出ることの尊さ。
その英知が本屋や図書館、Amazonで簡単にアクセスできるのだから、
今の世の中は「知識・知恵の民主化」が実現しているといえるでしょう。

 

ですが、問題は、その本を書いた人間以外の人、つまり我々読者にとっては、

その本がどんなに素晴らしくても、
どれだけ情報密度が濃くっても、
どれほど完成度がずば抜けていても、

「死んだ情報」なんです。本というのは。

 

「生きた情報」はどこまでも刹那的・局所的・属人的・限定的

「死んだ情報」というのは、食べ物で言えば缶詰とか冷凍食品みたいなものです。
保存がきいて流通に便利だけど、「最も美味しい状態」ではないのです。
最も美味しい状態、つまり「生きた情報」をそのまま得ようと思ったら、

語る本人から、その時その場でその状況に応じた本音を聞き出さなければなりません。
それこそが「生きた情報」なのですから。

食べ物で言えば、釣り上げたばかりのイカやウニをその場で捌いたものが
「生きた情報」というわけです。
私はまだ食べたことがありませんが、
捌きたてのイカやウニは異次元レベルで美味いそうですね。

 

しかしえてして「生きた情報」というのは

その瞬間、その場所、その状況、
何より語るその人にとってのみ有用でしかありません。

 

例えば恋愛のノウハウを頼りに恋愛をする人が、だいたい恋愛に上手くいかないのは、

ノウハウという「死んだ情報」を有り難がって、
目の前にある「生きた情報」を捉え、活かすことができないから。
相手が今何を感じているか?
それに対して自分は何を言えばいいのか?
その結果、お互いの気持ちにどう変化が起こるか?

 

こんなことは世界中どこを探しても、
似た情報はあってもピッタリくる情報などないですし、
後でマニュアルに書き起こしても意味はないですよね。

生きた情報というのは、保存がきかないし、流通もしていないのだから。

 

パッケージ化された「死んだ情報」を、「生きた情報」へ最適化する

つまり、本の情報は全て過去のものであり、
死んだものであるためにパッケージとなって流通できているのです。
だけど、冷凍食品をそのまま食べてもあんまり美味しくないように、
パッケージ化された情報は最適化されてこそ、自分の中で「生きた情報」となり、血肉と化すのです。

そうならない限りは、本の情報は頭の肥やしにしかならないわけ。

 

内なる巨神を目覚めさせる呼び水が本

で、あなたが聞きたいのは

「じゃあどうすれば本の教えを自分の血肉と化して己を成長・向上させられるか?」

ということでしょう。

 

結論を一言でまとめるなら

「身体を通す」

ことで、死んだ情報に血と命が通って、生きた情報となります。

 

脳細胞を通すこと、つまりは考えることで、自分の思想体系に有機的に組み込まれ

身体細胞を通すこと、つまりは実行することで、失敗などの体験から「動ける体」にチューニングされていくということ。

 

そうやって「生きた情報」を呼び水にすることで、
自分の内に眠る「巨神」を目覚めさせることこそが、読書なのだと私は気づいたので、
今日の記事を書いているのだ!!

 

思考力を刺激する本

本には、思考力・行動力・想像力、それぞれに適応する本があると考えます。

思考力を刺激する本とは、言い換えるなら「問いを与える本」ですね。

 

人間の思考は「問い」によって刺激されます。

かつて話題になったサンデル教授の「正義」の本はまさに「問いを与える本」の典型。

「最大多数、個人の自由、共同体の美徳、この3つの軸のバランスから正義を考えよう」
というのが本全体のメッセージなのですが、

 

普段「答え」ばかり求める人からすれば

「で?」と言いたくなる本ですが、

 

あの本は答えを示しているのでなく、
問いを投げかけているわけですからさもありなん。

 

受け身で本を読んでいると思考力がどんどん衰える

ショウペンハウエルが「読書について」で語るように、
読書とは、自分の代わりに著者に思考してもらう行為です。

 

つまり、著者の思考を自分に押し付けているわけなので、
ただ素直に読んでいると「自分で考える」という習慣や力がどんどんなくなっていくのです。

 

だからこそ、本を読む時間以外にも、
自分の頭で考える時間を持つ必要があるし、
私のようにブログで発信するのもいいし、
「問い」によって自分の頭に刺激を与える必要もあるのです。

 

外にあるのは「各論」のみ。「総論」は頭の中にしか存在しない。

答えを外に求めるばかりではなぜいけないか?というと、

どんなに優れた意見でも、所詮は無責任な他人事だからです。

 

そりゃあそうです。

他人は自分に口を出しても責任は取りません。

まして本の著者が、一読者の人生に責任など負えるわけがない。

 

ある人は「若い内から貯金なんかするな!どんどん自己投資せよ」と言い、

別の人は「早い頃から貯金をし続けることで、金のガチョウを育てましょう」と言う。

 

若い読者は思うのです。

「じゃあどうしたらいい?!」

と。

 

つまり、他人の意見や情報は「各論」でしかない。

人生や世界についての「総論」は自分の頭にしかない。だから自分で考え、決めなければならない。

 

そのために普段から、「各論」を仕入れ、

血と命を吹き込んで己の血肉として思想体系に有機的に組み込んでおけば、

頭の中にある「総論」のクオリティが上がっているのです。

 

その「総論」のクオリティが、あなたの、

そしてあなたの仕事や人間関係や人生の、あらゆるクオリティとなるのです。

 

行動力を促す本

自己啓発書、ノウハウ本、ビジネス書の大多数がこれにあたります。

要は

  • 「◯◯しましょう!」
  • 「私はこう思います!」

と、わかりやすく「答え」を提示している本であり、

だからこそスラスラ読めるのでベストセラーになりやすい類の本です。

 

こういった書籍は、
自分の行動に繋がる限りにおいて「いい本」であり「役に立つ本」であって、

どんなに具体的でデータや事例が豊富でも、

行動につながらないのなら、読む意味の薄い本なのです。

 

想像力を煥発する本

物語、自伝、歴史、写真集、漫画などは想像力を煥発します。

基本的に読んでいてワクワク・ドキドキするもの全般ですね。

 

おそらくですけど、こういったものは、

文章や写真を通じて自分を見せてくれる「鏡」となっているからでしょう。

私は「◯◯力」と色々ある中で、最も重要な「力」は想像力だと思っています。

 

何故かといえば、天地宇宙、生物や鉱物などの天然物を除けば、

全て人間の頭の中から生み出されたものであり、
その設計図は想像力によって形成されるから。

いわば想像力とは「神の力の分派分量」とも言える偉大な力なのです。

 

そして想像力は、
ハッキリとした、イキイキしたイメージであるほど形成力を持つのは
色々な自己啓発書で語られる通りです。

想像力を鍛え磨き、
使いこなせれば、
まさに魔力のように人生に奇跡をもたらし続けられる。

 

だから人は、ワクワクすることをや非日常を人生に追い求めるし、
冒険や挑戦をやめようとはしないのです。

そして、誰もが、
何歳であっても、夢見ることをやめてはいけないのです。

想像力が死に衰えて、心の中の魔力が消えてしまうのだから。

 

「理」に至るには、愛と情熱が王道

武道であれ、スポーツであれ、料理であれ、仕事であれ、学問であれ、
何事にも「理(ことわり)」があります。

「理」には知恵や気づき、発想、インスピレーション、啓示、勘などのが無限に眠っています。

「理」に至った人は、いつでもその無限のリソースにアクセスできるのです。
だから他の人とは違う結果が出せるわけ。

 

この「理」に至るには、努力すればいいのか?勉強すればいいのか?
というと、
確かに必要だけど、それらは二義的であって、

一番大切なのは「愛と情熱だよ」と答えます。

 

イヤイヤ取り組むか、淡々と行うか、嬉々として向き合うか?

物事の取り組み方には

 

  • イヤイヤ取り組む「レイバー」的スタイル
  • 淡々と行う「ワーカー」的スタイル
  • 嬉々として行う「プレイヤー」的スタイル

 

の3種類があります。

 

で、いくらハードに努力や勉強を重ねようとも、

その対象が嫌いで、イヤイヤ取り組んでいる場合は、「理」には至らないと私は思います。

少なくとも淡々と取り組み、だんだん嬉々として取り組むことで、やがて「理」に至るものです。

 

つまり、その対象に対する愛と情熱が「理」を自分を結合するってわけ。

言い換えるなら「心を込めて行え」ということ!!

 

まとめ:心を込めて何回も繰り返し本を読むことで「理」に至る

長々記事を書いてしまいましたが、結局言いたいのは、

同じ本を何回も、心を込めて読むことで、その本の「理」に至り、

その「理」が呼び水となって、自分の中に眠る巨神が目覚めるのです。

 

だから私は1000回超えてなお孫子を読み続けるし、
今は1万回繰り返し読むことを目標にしています。

 

まぁいきなり千回とか1万回とか言われても「ウゲゲ」って感じでしょう。

なのでとりあえずは、「これだ!」と思った本は10回、繰り返し読んでみてはいかがでしょう?

繰り返すたびに気づきや発見があるものだし、それこそが自分に対する呼び水となるのですから。

 

ではね。

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