成人式を迎える二十歳に教える!成熟した大人の条件とその方法

 
成熟した大人

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Sei書著者・Seikiです。

 

成人式ですね。私にとっては10年以上前の出来事です。

が、いざ成人し、社会に出てみればつくづく思うでしょう。

世の中、年齢や身体ばっかりが大人で、中身はガキな人間が思った以上にウヨウヨしていると。

 

きちんとした教習課程や試験のある運転免許ですら、

実際に道路に出ればマナー違反するバカや、暴走して迷惑をかけるクズが山ほどいるのだから、

試験も何もなく20歳になったら自動的に大人として認定される「成人」ならさもありなん、

というところですがね。

 

なので今日は、見せかけではない「真の大人の条件」を示してみる。

んで、これからの人生の参考にしてね。

 

精神的・人格的に成熟した大人の条件とは?

多くの人は同意してくれるでしょうが、私は「いい歳してガキな人」が心底嫌いです。

  • レジやATMで列に並ばない人、
  • それを注意したら逆ギレする人、
  • してほしいこと、してもらうことばっかり要求して、自分は何もしない人、
  • 他人に平気で迷惑をかけるくせに、自分がされたら人一倍キレる人

こいつらみんな◯ねばいいのにこういう人ってまさに

「年齢や身体は大人だけど、中身は幼稚で未熟な人」の典型例だと思うんだけど

周囲にいるこういった「未熟な人」を反面教師的な視点で色々見てきた中で分かってきた

「大人の条件」を以下にまとめますね。

 

大人の条件① 尺度や物差しの数が多い

私が考える「大人の条件」の中で最も本質的で重要だと思うのは

物事を見たときに頭の中にある物差しや尺度の種類や数が豊富な人ほど大人である

ということ。

 

例えば小中高の頃って、

運動音痴な子供って「ダッセー(笑)」扱いされますよね。

つまり物差しが「スポーツができるか・できないか」の単純なものしかないから、

「運動音痴だけど体は健康的」

「運動音痴だけど視野が広く、全体のことを考えられる」

「運動音痴だけど性根は明るく優しい」

という風に多面的に見れない傾向にあるんです。

 

幼稚な人間とはつまり、狭くて単純な世界に生きているので、

単一の価値観、例えば

「スポーツができるかできないか」のみで人間の価値を測ろうとするってわけです。

 

一方で、物差しの数や種類が多ければ

  • 運動は苦手だけど、勉強はできる
  • 運動はイマイチだけど、女性への気遣いはスマート
  • そもそも運動できたところで、実社会では大して意味ない

という風に、よりニュートラルに物事を捉えられるんです。

 

大人の条件② 「刺激と反応の間のスペース」が広い

自己啓発書の金字塔「7つの習慣」に出てくる概念で「刺激と反応の間のスペース」というものがあります。

動物などは

「鈴を鳴らせば(刺激)、ヨダレが出る(反応)」

「餌を与えれば(刺激)、食べる(反応)」

というように刺激を与えるとストレートに反応するけど、

人間だけはその間にスペースかあって、だからこそ万物の霊長たり得るということなのですが、

 

裏を返せばこのスペースが狭い人間は人よりも動物に近いってことね。

人の話を黙って最後まで聴けない人、

自分は平気で人に迷惑をかけておきながら、自分がされたら人一倍キレるDQN

なんかはチンパンジーみたいなもんです。

 

大人の条件③ 言語化や伝えることへの意識

何度か記事にしてますが、

私は日本の女性やおじさんおばさん世代がよく言う「察してよ!」というヤツが殺意が湧くレベルで嫌いです。

なんでかっていうと、「察して」の一言で全てが通じるとでも思ってるのは幼稚で未熟な証拠だから。

 

俺はお前の彼氏でもなければ、ママでもないし、エスパーでも奴隷でもねぇんだよゴミクズ

って感じ。

 

「空気を読む」とかもそうですけど、

「察して」とか「空気読め」とかを自分のワガママを押し通す魔法の言葉みたいに勘違いしたバカが多すぎるんですよね。

 

自分がキチンと伝えなかったがために、

相手からどんなにトンチンカンな対応をされたとしても、

暴力とかレイプとかの明らかな犯罪行為や迷惑行為以外は文句をいう資格はないと思うんですけどね。

 

きちんと言葉にして伝える努力をしても伝わってないことなんか平気であるのに、

  • 大して深い関係を構築できてもない人間に対して、
  • ろくに伝える努力もしないで、表情や行間から
  • 私の意図や感情を正確に読み取り、私の最も望む言動をせよ

と要求するのはママのおっぱいから乳離れできてない証拠だよ。

 

まとめると、幼稚な人間ってのは、

自分の感情や気分を言葉にする努力を怠って、そのまま表情や態度に表す人間ってことですね。

で、それを「察して」「空気読んで」の一言で済ませると。

 

口と脳みそがついてるならちゃんと言葉にしろ ボケが。

…すいません、ヒートアップしすぎました。

 

大人の条件④ 自分と他者を分けて捉え、想像できる

尺度の話と関連しますが、

結局「自分は自分、人は人」というのがキチンと自覚できているかが大人の基本なんです。

 

スポーツが好きな人もいれば、興味のない人もいる。

別にどっちが上とか下とか関係ないんです。

それを「スポーツの良さがわからないなんて!」とバカにしたり攻撃したり巻き込もうとするのは幼稚な証拠。

 

幼稚な人間の決定的な特徴はなんといっても、心理学でいう自己同一視ですね。

自分の好きなことや考えていること、常識は他の人間にとってもイコールである

と本気で思っている人間は精神的にガキなんです。

 

自分と他人が区別できておらず、

それでろくに言葉にしないで自分の意図を正確に察知させようとし、

少しでも違えばギャーギャー騒ぐわけですから。

 

大人の条件⑤ 一面的ではなく多面的にみて考えられる

ある一面だけ見て一方的に判断し、決めつけるのではなく、

安易に決めつけたりしないで多面的に見て、冷静かつ客観的に判断を下せるのが大人だと思います。

 

私は高校時代、今でいう「陰キャ」だったのですが、そうすると

「お前ラノベとか読んで妄想してるやろ?(笑)」

「コミケとかでコスプレするくらいしか盛り上がる機会ないんじゃね?(笑)」

というように、勝手なステレオタイプを押し付けられることがよくありました。

どっちもやったことないのにね。

 

でも、人間ってのは多面的なもので、学校や職場で見せているのは一面でしかないのです。

そこだけを見て「こいつはこういう人間に違いない」と決めつけるのって、

とっても傲慢だと思うんだよなぁ。

 

大人の条件⑥ 負けることができる

未熟な人ってのは、くだらないことでもいちいちムキになって勝とうとしますし、

テリトリーや自我を守ろうと必死になります。

ネット上で「論破w」とか書いて喜んでるバカとかね。

 

大人ってのはくだらないことで一々ムキならず、

上手に爽やかに負けてゆずってあげられるんですよ。

列の順番とか、腕時計の値段とか、そういうどーでもいいことで

一々ムキになって勝とうとはしないでスルーできるってわけ。

 

成熟した大人になる方法

色々と大人の条件を述べてきましたが、じゃあ、今現在自分がどれくらいの成熟度かはともかくとして、

より成熟した大人になるためにはどうすればいいか?

 

「異質」に触れて世界を拡げる

といっても、やることはシンプルなんです。

とにかく、今の自分とは異質なものに意識的に触れるようにすればいい。

 

異質なものってのは、自分とは違う好み、違う尺度、違う価値観を持っているものですからね。

そして違いの度合いが強ければ強いほど、なんというか摩擦係数が高いのですり合わせるのに高いエネルギーが要ります。

男と女の恋愛なんかはまさに「性別」という強烈な摩擦係数のためにすれ違ったり喧嘩したりするわけですし。

 

でもね。

そうやって高い摩擦係数でもすり合わせていくうちに、

「自分の世界」が徐々にストレッチされて広がっていきますからね。

 

海外旅行がよく自分探しなどの手段として使われるのは、

海外ってのはまさに「異質」の宝庫ですからね。

 

安心領域の外に出る

自分が心地いいと思える行動範囲を「安心領域」と言います。

いつものお店に行って、いつも頼むようなメニューを頼む

まさにあれが安心領域です。

 

他にも色々なお店があるのに、なぜいつものお店に行くの?

他にも様々なメニューがあるのに、なんでいつものメニューをチョイスするの?

っていうと「安心」だからだよね。

 

でも、この「安心」に留まっている限りはいつまでも世界は広がらないし、摩擦係数が限りなく低い毎日を過ごしていると、張り合いもないのでエネルギーもだんだん萎えていくんです。

 

だからこそ!

  • やったことのないことを体験してみる
  • 普段の自分なら行かないような場所に行く
  • いつもと違う道を選ぶ

というように、

「視点を変えて考えてみる」のではなく「視点を変えて行動する」のです。

より詳しく安心領域の打破について知りたい方はこの記事を読んでね。

 

「カウンター」に立ってみる

相手の立場に立ってみるってことです。

普段自分はバーのカウンターに座って酒を飲んでいるだけですが、

いざカウンターに立ってみると見える景色が違うもんでしょ?

立つ場所が違うだけでそれくらい違ってくるもんなんです。

 

もっとも「相手の立場に立つ」というのは「言うは易く行うは難し」なものなので、

実際はなかなか難しいですが、

私がとりあえずオススメするのは

 

自分が話す量を減らし、相手の話を聴く時間を増やす

ことですかね。

「話を聴く」ってのもまたなかなか難しくて奥が深いもんで、

  • 興味のない話や耳の痛い話でも黙って最後まで聞く忍耐力
  • なかなか話をしてくれない人の心を開いて話を促す質問力
  • 相手の気分を盛り上げる相槌のタイミング

などなど、結構色々な要素が必要になってきます。

 

つまりそれだけ「大人のトレーニング」として最適ってことね。

なんども言うように、

「異質に触れること」

「それによる高い摩擦係数とすり合わせていくこと」

が成熟した大人への王道ですのでね。

 

まとめ:今の日本で「大人」は損。だけど美しい。

精神的・人格的な大人の条件や、成熟するための方法論をあれこれ述べましたが、

ぶっちゃけた話、今の日本で「大人」であることって損することが多いです。

 

学校のイジメでは、よほどの騒ぎにならない限り、

いじめの加害者はのうのうといきていることが多いですし、

痴漢の冤罪やハラスメント問題なども、とにかく

 

・言ったもの勝ち

・やったもの勝ち

・騒いだもの勝ち

・ゴネたもの勝ち

 

になることが多いですし。

 

つまりメリット・デメリットで言えばデメリットの方が多いんだけど、

でもね。成熟した大人は美しいと思うんです。

 

自分勝手にギャーギャー騒ぐ人と、

落ち着いた言動が板についた人と、

どっちが美しいかは自明でしょう?

 

短絡的なメリットや、表面的な格好良さではなく、

人間としての本質的な美しさを身につけていきたいなと私は常々思ってますので、

まぁ自戒の意味を込めてあれこれ述べました。

 

おしまい。

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