同じ本を1000回読むと、なぜ生命力(本然の力)が高まるか?

どうも。孫子(岩波文庫)を1000回以上読んだSeikiです。
一冊の本を徹底的に何百回・何千回と繰り返し読む修行を続けている中で、色々「すげぇなぁ〜」と思うことはあるのだけど、
最近特に効果を実感するのは「いつでも心の声を無にできるようになった」ことですね。
それがどうした?っていうと、心の声を無にすることで生命力がアップするんです。
Contents
雑念や妄想ばっかりで頭に入ってこなかった
私は集中力がないのか、
本を読んでいても余計なことを考えたり、全然違う妄想を始めたりして、眼では本を読んでいても、頭には入ってないということがよくありました。
つまり、読んだけど「で、どんな本だった?」と聞かれた時に何も答えられないタイプ。
何回も繰り返すと頭に入る
まぁ、当たり前だけどね。
ある時、
「違う本を100冊読むよりも、同じ本を100回読む方がいいのでは?」
と思い立ち、
孫子をチョイスして、とにかく徹底的に繰り返し読み始めました。
最初の数回こそ
「あ、ここにこんなことが書いてあったのか!」
「これってそういう意味だったのか!」
という発見や気づきがあって新鮮さや感動もあるのだけど、
さすがに何十回も繰り返してくると咀嚼しすぎてドロドロになった白米のように、味気がなくなってきます。
それでも淡々と何百回と繰り返し読み、ついには千回を超えた中で、色々得たことはありますが、
その中でもとりわけ胡散臭く、聞いている人も「ホントかよ(笑)」とせせら笑うようなことが、
生命力の向上
なんです。
強い心=静かな心
私にとって強い心とは、静かな心とイコールです。
つまり、普段からはもちろん、何か起きても泰若自然、明鏡止水がごとく、
静かで穏やかで自分らしさを失わないことが「強い精神力」だと考えています。
飽きるほど繰り返し読み、飽きても繰り返し読むことは意志力と集中力を鍛える
本を繰り返し読むといっても、最初の10回くらいまでは
「ここにこんなことが書いてあったのか!」
という感じで驚きや新鮮さもあるものですが、
さすがに50回とか100回とか繰り返すとそんな新鮮さもなくなってきます。
なので読んでいても
「昼飯何にしよう?」
「昨日アイツにあんなこと言われたけど、こう言い返せばよかった」
「HUNTER×HUNTERはいつ連載再開するんだ?そしていつ完結するのよ??」
って感じで、本とは関係のない雑念が浮かんできます。
しかし、その雑念が浮かんでも本の内容に向き合うことで、自然に集中力と意志力のトレーニングになりました。
意志力=自分の心や体に命令を下して実行させる力
意志力とはそもそも何か?というと、
自分の心や体に命令を下して実行させる力
です。
例えばサウナに入っていて「もうしんどい」と心や体がサインを出してきても
「まだだ!あと2分!!」
と命令を下して実行させる力ですね。
何十回も読んで飽きた、雑念が浮かびまくる本でもあえてしっかり向き合うことはこの意志力を向上させます。
集中力=注意を自発的に向ける力
集中力とはそもそも何なのか?というと、
意識の注意を自発的・継続的に特定の対象に向ける力
です。
集中力がない人っていうのは、注意が散漫だったり、自発的に特定対象に向けられなかったり、向けたとしても継続できなかったりする人のことを指すのです。
これを身につける一番効果的な方法は、15歳までに時間や寝食を忘れるレベルで、何かにとことん夢中になる経験を積むことなのですが、
じゃあ15歳を過ぎたら集中力は身につかないのか?というと、ちゃんと鍛えれば向上します。
それが「同じ本を100回1000回繰り返し読むこと」です。
何十回も読んで、もはや面白さや新鮮さを感じなくなった本に対して、雑念が浮かんでもあえて注意を向け続けることは
地道に、しかし確実に集中力を鍛えてくれます。
「浅い力」と「深い力」
修行オタクの私が昔からずっと悩みだったのは、
例えば筋肉を鍛えるといっても、上腕三頭筋と大腿四頭筋とでは全く別の種目をやらなければいけないように、
ロジカルシンキングを身につけて鍛えるためには、普段から気をつける習慣や、鍛えるための時間を持たなければいけないでしょ?
そう考えるとね。
・発想力
・文章力
・ネットリテレラシー
・交渉力
・プレゼンスキル
・恋愛における駆け引きとか異性の扱い方
などなど、人生には、世の中には、数多の知識やスキルがあり、
勉強しなければならないことや修行のための時間があまりにも膨大で、時間なんか全然足りない!!
ってことです。
この時間やエネルギー配分をどうすればいいの?
「弱み」「専門外」は全てバッサリ捨てて、「強み」「専門」にのみフォーカスするのが正解なの?
って考えていたのですが、
最近ようやっと自分の中で解決しました。
浅い力=「人生のミニゲーム」のためのスキル
人生をゲームに例えるなら、「大ゲーム(メタゲーム)」の中には無数の「ミニゲーム」があるのです。
ファイナルファンタジー7のチョコボレースみたいな感じでね(例えが古いというか、年代がバレますね)。
ミニゲームには「仕事」「恋愛」「趣味」など様々なジャンルがありますし、
「仕事」の中でも「営業」「デザイン」「三井住友銀行の融資担当」「みずほ銀行の人事部」「大和証券のリサーチ部門」とさらに細かくミニゲームがあります。
「恋愛」なんかはまさに「佐藤さん」と「鈴木さん」それぞれ勝手が違うのだから、
一人一人が新たなミニゲームなんです。
大事なのは、
① 自分が今身を置いている「ミニゲーム」は何なのか?を把握し、
② そのために必要なスキルを向上させることです。
全然英語なんか使わない職場でTOEICの点数を高める勉強をしたって「職場というミニゲーム」では達成も向上も充実もしないのですよ。
こんな風に、ミニゲーム内における知識やスキルのことを私は「浅い力」とまとめています。
スポーツなんか全然しない人にとって、ボールを時速160㎞を投げる力なんか無意味・無価値なように、
場所や状況でその価値は相対的に変動するのが特徴。
深い力=「人生のメタゲーム」のための本然・本質の力
「浅い力」に対して「深い力」と私が呼ぶ力があります。
これは「人生のミニゲーム」ではなく「人生のメタゲーム」、つまり人生そのものを向上させる本然・本質の知識や力ですね。
さっき話した意志力や集中力なんかはまさに「深い力」で、年齢・立場・職業問わず人間として生まれた以上、必須の力ですよね。
そんなように
・想像力
・行動力
・自分の頭で考えて判断や決断を下す力
・体力
・気力や精力
なんかも「深い力」です。
全てを鍛えて向上させる必要はない
つまり私の長年の悩みだった
「全ての知識や能力を身につけ、向上させるには時間があまりにも少なすぎる!どうすればいいのか?」
という問いに対する回答は
「人生の“深い力”と、今置かれている“ミニゲーム”に必要な“浅い力”のみにフォーカスすればいい。あとは無視」
となります。
じゃないとキリないもんね。
同じ本を繰り返し読む「読禅」は「深い力」を覚醒・向上させる修行
ここまでちょっと話が長かったけど、
同じ本をひたすら繰り返し繰り返し読むことで、
見慣れたCMが頭の中で再生されるように、
好きな音楽が頭の中でリピートし続けるように、
熱心な仏教徒が般若心経を頭の中で暗唱し続けるように、
本の内容が頭に刻み込まれるので、
その状態で本を読むと
「読んでるのに読んでない」
という感じになります。
ここまでくると「読書」というよりは「瞑想」のような感じになってくるので、私は「読禅」と呼んでいるのだけど、
この「読んでるのに読んでいない」という感じで、瞑想のように無念無想の境地に入ると、「深い力」が向上していくんですね。
「深い力」は「生命力」と言い換えてもいいでしょう。
無念無想、つまり頭の中のおしゃべり(セルフトーク)を無にすることにはものすごい効果があります。
心を鎮めて無にする
多念から一念そして無念に至ることで生命力、深い力が向上する。
そのための地味な修行が「何百回・何千回と繰り返し本を読むこと」です。
簡単とか手っ取り早いとかのスケベ根性とは無縁のトレーニングですが、
本当の力を得たいという方には強くお勧めしますよ。